粋だった店

今のようにコンビニや冷凍食品の種類がまだ豊富ではなかった時代、料理がさほど得意でもなかったボクは、貧相な自炊に加えて外食のお世話になる機会が多くありました。
そんな時、救世主となってくれていたのは何といっても牛丼屋さんです。
その頃の「早い、安い、うまい」のキャッチフレーズに嘘偽りはなく、腹ペコのときの牛丼大盛りは、この上ないご馳走でしたね。
ちなみにこのキャッチフレーズ、時代ごとにフレーズの順番が異なるようで、現在は「うまい、安い、早い」になっているとのことでした。
さてさて、外食メニューが多種多様になった今では、牛丼単品のカテゴリーが小さくなったようにも感じてしまいますが、ボクの時代はまだまだ頼りになる主力の存在だったんです。
中でも牛丼チェーン店で屈指の歴史を持つ「吉野家」さんは大好きな店のひとつでした。
味はもちろんのこと、専門店としての気概が随所に感じられていたんですね。
時代とともに店の形態が変わってしまったのは残念ですが、勝手な話、ボクにとっては当時の吉野家こそが本物の吉野家であると思えるんです。

それは何故でしょう。
今と比べてみた時、粋にすら感じられる点がいくつかあるんです。
時代錯誤かもしれませんが、ボクなりの勝手な解釈をお許しください。
ひとつは牛丼が和食であることへのこだわりでしょうか、席に座ると大きなどっしりとした湯飲みで熱い緑茶が提供されていました。夏でも冬でも熱いお茶だったかと思います。
いつからかお冷(水)の提供に変わっていますね。
それからスタッフのユニフォームが現代的なスタイルのものになっていますが、当時はオレンジ色の法被(はっぴ)スタイルで、職人っぽさ(バイトでも)を醸し出していたように感じます。
もっとも当時の店員はほとんどが男性でした。
威勢のこもった掛け声も、いい意味で職人ぽかった気がします。
客層もまた、男性中心でしたね。
吉野家と言えば、魚河岸(日本橋やがて築地)発祥の店として、市場で働く人のニーズに合わせた牛丼を提供してきたことでも知られています。
それだけに、いわゆるツユダクやネギ抜きなどの隠語も数多く存在しているというわけで、それもまた老舗っぽいですよね。
そして何といっても潔いのが提供メニューです。
当時の基本のメニューは「牛丼」だけでしたから、並みか大盛りかを伝えるだけで注文が完結しました。
店員さんがオーダーを通すときは「並いっちょう!大盛りふたちょう!」って感じですね。
今やメニューが多すぎて迷ってしまうのも考えものかなとオジサンは思ってしまいます。
それから勘定はレジを通さず手計算手渡しの時代でした。
既に食券制を導入している牛丼店もある中で、最後まで客との接触を重んじていたようにも伺えます。
時代をリードした戦略

外食産業は時代とともに歩みつつ、この頃は働き方改革を反映してか24時間営業を見直す動きも顕著です。
24時間営業の代表がコンビニとも言えますが、そのコンビニよりも早く24時間の営業を開始していたのが吉野家なんだそうですね。
なんと1952年(昭和27年)のことというから驚きです。
そんな業界の先駆けだった吉野家が打ち立てた戦略のひとつに「朝定食」があります。
今や外食チェーンの数だけモーニングメニューがある世の中になりましたが、当時としては斬新な試みだったようです。
導入当初はA定食からC定食までの3種類でした。
納豆や海苔、卵や紅鮭といった朝食の定番が網羅されていましたが、やがて現在の8種類まで拡大されています。
こちらも通常メニューと同様の種類の多さで、こんなに必要なのかと思ってしまうほどです。
それからちょい呑み文化の先駆けも吉野家でしたね、”吉呑み(よしのみ)”って言ってました。
実はボク、若かりし頃に吉野家で深夜のアルバイトをしていたんです。
夜だけに、お酒を飲むお客さんもいて困ってしまった経験があるんですよ。

まあ確かに牛丼屋で牛皿やおしんこをつまみにお酒を飲めば安く上がるわけです。
晩酌程度ならこちらも気分よくお銚子をつけて差し上げるのですが、中には不必要に粘る客もいて、絡まれたりなんかしてほとほと困り果てましたね。
そんなことがあったせいなのか、お酒やビールの本数制限を始めたのも吉野家だったと思います。
人に迷惑かけるほど吞んでくれるなよって意味ですよね、きっと。
残念ながらボクがバイトを辞めて随分経ってからでしたけどね。
それから、バイトの身にうれしかったのは給料が週払い制だったことでしょうか。
当時としては吉野家の深夜帯は時給が高く、加えての週払いはほんとに助かりました。
こうした魅力的な制度を構築しながら人材を集めてたってことでしょうね。
この頃のバイト仲間にはミュージシャンを目指す奴らが数人いましたね。
パンクやロックが好きで、ブーツやパンツがじゃらじゃらしてたり、髪の毛がカラフルだったりと、懐かしいです。
そんなみんなが個性を抑えつつもハッピ姿で吉野家してたんですよねー。
外食産業の新時代

外食産業の相次ぐ地方出店やメニューの多角化が活発な時代となって久しい世の中です。
当然のことながら、それぞれの経営母体を守りつつ競合店との戦いに勝利するため、各社必死なんでしょうね。
そんな中でユニークなアイデアが生まれ、次々と他社が追随していく流れは、皮肉にも消費者目線にも明らかで、その展開がこのところ続いているって感じですね。
偉そうなこと言いますが、忘れてならないのは本質の矜持なんじゃないかなって思います。
儲けさえすれば、勝ちさえすれば、といった業態はいつか崩れ去る運命にあるような気がするんです。
真似事で競い合っても長続きしないのではないでしょうかね。
牛丼屋でうなぎが食べられたり、寿司屋でラーメンが食べられたり、業態問わずにいろんなものが食せるって便利かもしれません。だけど、ある意味不思議です。
一球入魂とでも言うか、一筋の信念があってもいいんじゃないかなって思えたりするんです。
牛丼の吉野家は牛丼一筋の店であり続けてほしいというか。
心に響く味って必ずあるものですからね。
スーパーのお惣菜やお弁当コーナー、それにお弁当チェーンも含めて、あまりに食産業が無法地帯になっていて、この先どうなっていくんだろうかと興味の湧くところでもあります。
消費者に媚びを売ることがサービスではないわけで、なんかこう、方向性の見直しみたいなことがそろそろ必要なのかもしれません。
ともあれ一庶民としては、物価の高騰に歯止めがかかることが何よりの望みでしょうかね。

