テレビっ子

ボクらバブル世代はテレビとともに生きてきた世代でもあります。
ドラマやアニメにと日常をテレビに囲まれて育ちつつ、ファミコンが登場する以前のテレビゲームにも親しんだ世代です。
当時は今よりもはるかに華やかに見えたテレビの世界は、地方に住む子供にとっては手の届かない眩しい世界で、異次元空間にすら感じられました。
東京に行けば、テレビの世界の人やタレントさんに会えるかもしれないと幻想を抱いたものです。
文字通り、都会っ子と田舎っ子で二分されていた時代でもあったってわけです。
何しろテレビといっても地方ではチャンネル数が限られていましたから、東京より数年遅れて番組が放送されるなんて普通のことでした。
そうとも知らずにボクは結構楽しんでいたんですね。
今のようにBSもCSもネット文化も存在していないわけで、情報が即時世界中に行き渡るなんて考えも及びませんでした。
そんなボクらの親世代となると、子供時代に戦争を経験した一方で、「映画」というロマンがいっぱいの娯楽に心奪われた世代ということになります。
その時代とは到底比較になりませんが、テレビっ子だったボクらも、映画には特別な思いで接した世代だったかもしれません。
テレビのある日常とは明らかに異なる空間、地方で生活しながらも東京を超えて世界までが見渡せるかのような夢の空間、それが映画館だったんです。
映画館その特別な場所

サイレント映画にはじまり、やがて音声を加えたトーキー映画へと、その時々で人々を魅了し続けた映画は、大衆的な巨大娯楽へと発展してきました。
ボクの子供時代には、ひところの映画黄金期は過ぎていたものの、その存在はまだまだ大きく感じられたもので、それを象徴していたのが映画館の建物そのものでした。
劇場建築とでもいうのでしょうか、いわゆる単館建ての威風堂々とした風格を持つ映画館が立ち並んでいましたね。
重厚で品格のある佇まいは、いかにも文化の殿堂といった雰囲気を醸し出していたんです。
地方の都市でさえ、これだけの姿を誇示していたわけですから、当時の映画の繁栄が薄々感じられたわけです。
子供心に特別な場所と感じたのは、そうした建物の威厳が影響していたせいかもしれません。
夏休みや冬休みに親に連れていってもらう映画館は楽しみでしたし、アイスクリームやポップコーンも観劇には欠かせないアイテムでしたね。
それから記念のパンフレットを買ってもらうことで、映画を二度楽しめた気分になったものです。

そうしていつしか高校生になったボクは、映画好きの青年になっていました。
時間があれば小遣い片手に映画館へと通い、その魅力に引き込まれていたんです。
その頃はロードショー公開の映画よりも、名画座ばかり行ってましたね。
ちょっとだけ安く、昔の名作が観られる映画館です。
映画館で観る映画の醍醐味は感動の共有でもありますが、ボクは一番後ろの片隅の席で、それも一人っきりで観るのがこの上なく好きでした。
暗い空間で大きなスクリーンを見つめ感動に浸る、そして映画が終わって客席に明かりが灯った時の何やら不思議なこっぱずかしさ、これもまた、誰しも経験のあることではないでしょうか。
憧れのエンドロール

映画との向き合い方は人それぞれです。
ボクにとっては映画を楽しむ一方で、落ち込んでいた時の自分を見つめる時間としても、この空間はやさしく包んでくれました。
一人になりたい時、そしてその孤独の淋しさを紛らしてくれていたのも映画館の存在でしたね。
これまで様々な映画との出会いがありましたし、そのシチュエーションもまた様々です。
ボクはどんな映画でも、出演者たちの名前が流れるエンドロールを最後まで見届けています。
それはやはり感動の余韻でもあり、何より映画を創った方々への賛辞の気持ちです。

映画ってものすごい時間と労力を費やして製作されているんですよね。
人間の創造力の集大成なわけです。
だからこそ、エンドロールが流れ出すとザワザワする客席が好きではありません。
まだ薄暗い中で席を立つ人がいますが、何でかなあって思ったりするんですよねー。
このエンドロール、出演者をはじめスタッフ関係者の名前が列挙されるわけですけど、ボクもいつかここに名前を刻みたいって思ってました。
当時は俳優を志していましたし、人に唯一無二の感動を届ける作り手の世界にも憧れていましたからね。
映画での夢は叶いませんでしたけど、テレビの世界では番組制作の醍醐味を味わいましたよ。
二本立てとオールナイト上映

昔、映画の2本立てや3本立てってありましたよね。
そう、今じゃ目にすることもありませんが、映画が一度に2本も3本も観られる興行形態のことです。
大人気映画になった「釣りバカ日誌」だって、松竹の看板作品だった寅さんの「男はつらいよ」との2本立てから始まってますからね。
お得に楽しめる2本立てだったわけですが、今や指定座席で完全入れ替え制というシステムが一般化されてしまいました。
あらかじめ好きな席を予約して観られるわけですから、これはこれで理に適っていると思います。
でもね、昔の映画館も良かったんですよ。
時間を気にせず、好きな時間に入って好きな時間まで居られるんですからね。
何と言うか映画を呼吸してるって気持ちにもなれましたね。
ふらっと入って好きなだけ映画を観られた時代もまた、自由な空気に満ちていたように思います。
それからオールナイト上映なんてのもありました。
夜通し映画を上映するんです。
これは飲み過ぎて終電を逃した時にも重宝しましたね。
今みたいにネットカフェなんてない時代ですし、映画館で寝てから帰る、なんていうことも時々ありました。
本気で映画を観るというより、BGMのように映画と添い寝するかの如く過ごしながら、電車の始発を待ったものです。
映画館の未来

映画を映画館で観るのが当たり前だった時代から、今や様々な媒体での観賞が可能になりました。
好きな時間に観るということも、映画館にさえこだわらなければできるわけです。
途中でやめて途中から観ることだってできますもんね。
そういう意味では映画というジャンルは、映画館から既に独立していますよね。
遡ればビデオテープのある時代からそうだったわけですから。
ですがどこかで、映画は映画館で観てこそのモノ、という考え方も根強くあります。
だからこそ、映画がいわゆる映画本来の形で現在まで残っているということです。
映画と映画館はセットで一つのジャンルだってことですね。
そんな映画館も、単館上映の形からシネマコンプレックス式の上映形態に変化してきました。
より多くの集客とより多くの選択肢を可能にするシネコンは増加傾向にありましたが、ここに来て競争の激化も始まっています。
今後はより高度化した技術システムや企画イベントとの相乗効果などが集客のカギを握ると言われているようです。
映画のオールドファンからすれば、これ以上の革新は敢えて望んでもいません。
映画はいつの時代も勇気と感動を人に与えてくれる力を持っています。
映画の中の物語のように、人の感情の機微に寄り添った映画が、今後も創られてくれればいいなと思います。

